こんにちは。
きょうだいを育てる保護者から、「きょうだいげんかは、どうしたらなくなりますか」と、尋ねられることがよくあります。
そこで、私なりの策をお話ししてみましょう。
今回、登場していただくのは、兄と妹を育てるお母さんです。
いやァ、先生、暑いねェ、最近、お見かけせェへんかったけど、どっか行ってはったん?あちこちで気張って稼いでんのん違う(笑)。ごめん、ごめん、お金のこと言うナってか。あー、確かに、出会い頭が地元のスーパーやからねェー、今日は火曜日、特売で混んでて、えらいこっちャ。気ィつけんと、野菜も暑がっとるし、よう見て、ええの買わんとねェー。
いや、ほんで、しばらくどないしてはったん?
へぇー、札幌!ほらええとこ行ってはった。涼しいとこに別荘でも持ってはるん(笑)?ごめん、ごめん、仕事ですかァー、わかってますヤん、仕事ヤて。そやけど、泊りヤッタんでしょ、美味しいもん食べてキタンでしょッ。
へッ、どッこも行ってへんし、なんもエエもん食べれんかッたん? あんな遠いとこまで行って、何してんのかわかったもんやないねェ。へェ、業者さんがえらいはたらきもんで、ほォー、毎日、朝から晩まで仕事、で、そりゃ気の毒に。ご苦労さんやねェー。
フーん、で、そのなんとかマート、へェー、そういや、昔、こっちで見たことあるけど、もうないねェ。あそこ、札幌が最初なんヤ。そこで毎日、朝晩、買ってたんやて?。泊りの仕事もご苦労さんやねェ。
いや、先生のことは、どうでもエエねん、いや、ごめんごめん、どうでもええテ(笑)。ちょっと、もうほんま、うちの子ら、どうにかなりませんー?夏休み始まったと思ったら、まァーいにち、まァーいにち、けんかバッかり。聞くんも見るんも、イヤんなりまッセ。
いや、今日もですヤん。ひとが洗濯したり、用事してたら、こんなんやデ、先生。
「お母ちゃん、お母ちゃん、お母チャン!」
「なんやねんな。朝から暑うってかなわんちゅうのに、一回、呼んだら、わかる言うてるやんカ。早よ用事して、パート行かなあかんのヤ」
「あんナ、兄ちゃんがナ、いじわるするねんナ」
「兄ちゃんが意地悪て、アノヒト、いつもやん。ほっとき。ほんで、何しよったん」
「私の鉛筆でナ、宿題しとるねんナ」
「エライやん、兄ちゃんが宿題って、こんな朝から、何も意地悪ちゃうやん」
「ちゃうねんナ、私の鉛筆ナ、勝手に使ってんねんナ」
「もう、そんなこと、鉛筆ぐらい貸してやりイな」
「兄ちゃんナ、自分ナ、鉛筆、削んのめんどくさい、言うてナ、私の筆箱ナ、勝手にナ、開けよったんやで。あかん、言うのにナ、うるさい、だまれッて、うちの頭ナ、叩きヨッタんやデ」
「ほな、兄ちゃんの頭、叩いたったらエエやろ、ちょっとどきイな、パート、行かんト、忙しいんヤ、用事がわんさかアルネン言うてるヤンカ、イツモ」
「ちゃうネん、ほんでナ、私の鉛筆でナ、鼻ナ、ほじってナ、それナ、私の服にナ、つけよったんや」
「わかった、わかった、兄ちゃんに言うたるし、ついといデ」
「アンタ、妹の鉛筆、勝手にとッて、鼻ほじくッて、服になすりつけたんやテ」
「えェっと、これは足し算を先にせんとあかんな、その次に掛け、いや、割り算かいな?割り切れんもんやな。人生と一緒や」
「あんたッ、ちょっと、こっち向いて、話聞キ、ええ加減ナ宿題してからニ」
「何を言うてんのヤ、うちは朝早よ起きて、ほら、見てミ、宿題やってんニャで、宿題。お母ちゃんに文句言われる筋あいないワ。ジュースぐらいくれたらエエやんか。偉いなァ、気張って宿題して、よう頑張ってんなァ、さすが兄ちゃんヤ、とか、何か一言、ひとをナ、ちょっとはナ、ほめてみたらどうやねんナッ」
「何言うてんねんナ。宿題、宿題ッて、偉そうに。鬼ノ首でも取ったみたいニ。そんなんするのん、当たり前、当然ヤ、当然。普通ヤ、普通。妹に鉛筆返したり。自分の削って使ったらええやろナ」
「うちナ、忙しいねん。早よ宿題して、やることあるねん。ちょっと、鉛筆、借りただけやん。文句言われる筋あい、ないデ。ホメテもらわんと。俺が、賢ウなっても知らんデ」
「兄ちゃん、私ので、鼻ほじりよっタ」
「ちょっと返し。ほら、どこで鼻ほじったんヤ。拭いたるし、もうエエやろ、あんたも」
「さっき、兄ちゃん、頭、叩いタ」
「あんた、妹に謝り、ごめんぐらい言イ。イツモイツモ情けなイ」
「こいつかて、俺、叩きよるデ。早ヨ、鉛筆、削って、俺、宿題、終わらへんやン」
「何言うてんの、何でお母ちゃんがあんたの鉛筆、削らなあかんノ?エエ加減にしいヤ」
先生、こんなしょうもないことで、朝から晩まで、ふたりにけんかされて、やっとられんですヨ。
へッ、ほんで、息子が宿題の後、何することがあったて?いや、それも腹立ちますヤン、分厚いコミック、なんや月刊の、あれの発売日や、ほれで、買いに行かんなん、売切れたらえらいこっちゃ、ッテ。
旦那が甘いんですワ。自分もそのなんや、その漫画かいな、こどもん頃から好きや、とか言うて、自分も見たいし、買ってやってるんですワ。旦那モ旦那デッセ、幼いとこあって、アキマセン。こどもには、ココって、とこは、ビシッときめてもらわんト。
まァ、旦那は置いて、ほんま呆れますワ。あのキョーダイゲンカ、何んとかなりません?
それで、私は、このオカンに、感情を抑えて、かんでふくめるように言いました。
ええか、あんた、よう聞きや。
あんな、ほんま、あんたもご苦労やけど、きょうだいげんかはさせたらええのや。確かにそりゃ、暴力はあかん、暴言もあかん、そういうのはアカンって、はっきり言わなあかん。
ええか、はっきり、あかんもんはアカンって言わんとあかん。
あかん、ちゅうのは、親が何を考えとるか、親が生きるにあたって、大事にしとること、これを守って生きとる、という、生き様を伝えることになるんや。
暴力や暴言は、お母ちゃんはやらんで、言わんで、や。それを大事に生きとる。あんたらかて、これは守って生きなあかん。
ここをあいまいにすると、こどもにしたら、自分らの親が何考えて生きとるんか知らん、うちらも、適当に、怒られん程度に生きとったらええわ、と、なる。もったいないやんか、せっかくの一度きりの人生や、楽しく生きんと。そのために、自分がなんちゅうの、信念、自分の中に筋通せるもんを持っとかんと。それを、こどもらに教えるんが大事や。
ほんでな、きょうだいやろ、よう考えや、あんたがこども育ててる間は、短いもんやで。こどもらがおとなんなって、それからの方が、きょうだいの関係も長いし、自分らで関係を作っていかな、あかん。
このときに、仲良うしてくれるとありがたいやろ。
仲良うするためには、きょうだいの間で、だいたい、こいつはこんな奴や、こういうとこある、とか、お互いのひととなりを知っておかんとあかん。
それがわからんと、いくらきょうだい言うても、言うてええこと、悪いことがある。
このときにな、ちゃんと、こどもんときから感情を出しあって、ぶつかりあって、相手を肌で知る、というか、感情を出して、自分がどんな人間かを主張して、そこで、わかりあう経験が大事や。
なんかしたら、あやまり、ごめん、いいよ、の関係やないのや、そのあやまりかたが気に入らんとか、文句も言いあって、それで、お互いが何を考えて、どんな人間かがわかる。
この関係を、親は作ってやらなあかん。それで、こういう感情を出しあうのは言葉で伝えあうんであって、暴力ではないし、暴言は言葉やない、ということを教えなあかん。
んでな、あんたとこの場合はな、妹が賢なった方がええ。
つまり、こんな感じや、「うちの兄ちゃんは、自分勝手な奴で、私を下に見とる。んで、ケチでせこい、あんなんといつも一緒にいると、腹が立ってしゃーない。そやけど、うちが病気で寝てるときは、テレビ見んの我慢したり、ジュースいるかって聞いてくれる。まァ、自分も飲みよるけど」みたいに、妹が、兄ちゃんのいけずなとこと、ええとこがわかると、兄ちゃんの取扱説明書が頭に生まれる。つまりな、「兄ちゃんに漫画借りたいと思うたら、一口アイス、兄ちゃん、私の分、ふたつほど、あげよか。私ちょっとでええし、言うたら、あれ単純な男やから、ころっと、機嫌ようなる、んで、風呂入るんやったら、その間、漫画貸して、言うたら、ええねん」って、妹ができるようになったら、兄ちゃんも、「あいつもものわかりがようなった。だいたい、ひとにもの借りるときは、リューギってもんがある」って、ひとりで納得もしよる。
こういう妹の賢さがうまいこと行くと、おとなになっても、住む場所が離れても、なんかあったら、兄ちゃんも助けてはくれるし、なんか言うてきたら、私もしてやろ、ほやけど、いつもあれと顔あわせてると、腹が立ってろくなことがない、たまに会うがちょうどええ、と、お互いのええとこが見えてくる付きあい方がわかってくるもんや。
んでな、あんた、ええか、けんかしてよるとき、こどもの言い分は聞いたらあかん。
言い分なんか聞いてな、なるほど、兄ちゃんが間違ってる、とか正論で言うとな、結果、「お母ちゃんは、妹がええにゃろ、どうせ俺なんかあかん奴や、と思てんにゃろ。俺なんかこの家におらん方がええのや」とか、しょうもないこと言うて、すねよる。これが続くと、ひがんでくる。
それよりも、「言い分なんかどうでもええ、私はうるさいのはいや、けんかは嫌なんや、うちの家は楽しないとあかん、けんかするんやったら、どっか外でやっといで」と、言い分なんか聞かんと、一方的に、暴力反対、暴言反対、けんか反対を貫いたらええのや。
仲良うしろ、違って、この家の中で、住み分けなさい、ということや。住み分け、て言うのは、場所だけのことやない、物事する時間をずらすとかもや。
そやさかいに、だいたい、きょうだいおってもな、兄貴が小学校の低学年で、妹が幼稚園ぐらいやと、だいたいな、テレビも同じもん見るし、ほんで、しょうもないケンカしよる。これがな、兄ちゃんが小学校高学年、んで、妹が低学年となると、兄貴にしてみたら、妹はお子ちゃまや、と思うてくる。んで、学校の時間割も違うし、そこでな、家ですることも、家で過ごす時間の使い方も変わってくる。上が中学、下が小学校やったら、そんなん、上にしたら、偉そうなもんやし、部活とか、友だち付きあいも変わってくるわ。だいたい、そのあたりから、暑苦しいきょうだいげんかも減ってくる。
しかもな、兄貴は、俺はすごい、とか、勘違いしよるけど、妹は、その兄貴をな、あれは単純な男や、と、下にみるようになる。
こうふたりが育ってきたら、しめたもんや。
まあ、ここまでおおきくなるまで、もうちょっと、あんたもこどもに耐えなあかん。
んでな、ここからが大事なとこや、あんたらのこどもがもうちょっと大きいなったらな、これをこどもらがきょうだいげんかしたときに言うんや。
今から言うの、覚えとき。
あんな、こないだな、うちの家の雰囲気悪かったやろ。わかっとるやろ、お母ちゃんと、お父ちゃん、けんかしとったの。
黙ってご飯食べて、あんたらも変な顔しとったやないか。
実はな、あれな、お父ちゃんが悪いねん。だいたいいつもお父ちゃんが悪いねん。
そやけどな、いつまでもけんかしとるのもな、しんどい。ええ加減、疲れる。嫌んなる。ほんでな、あんたらが寝てからな、「ちょっと話しよ」って、お母ちゃんから言うたんや。
お父ちゃん、すぐに逃げよるけどな、座り寄ったわ。
んでな、お母ちゃんな、お父ちゃんが悪いとは思とった。いや、それがいつもの真実や。なんや、テレビで言うとるのがおるな、真実はいつもひとつ。そうやけどな、お母ちゃんも自分で気づいてへんけど、お父ちゃんにしたら嫌なこと言うたかもしれん。
それでな、「私も言い方がきつかったと思う。ごめんな」って、謝ったんや。
だいたい、いつまでも意地張ってるより、どっちかが、まずは、ごめん、なんや。
どっちかが正しくて、どっちかが間違ってる、って、世の中には、そんな割り切ったもんないのや。
んで、お母ちゃんが謝ったらな、お父ちゃんもな、しばらくしてな、「いや、あれは俺が悪かった」、て言いよった。
まあ、そやけど、あれは、と、違ごうて、何んでもあんたが悪いのや、と思ったし、何が悪かったかわかってるか、と、思たけど、もうそんなん突き詰めたら、あかん。
ごめんって、謝ったし。もうこれで、終了や。
家はな、楽しいないとあかん。あんたらも学校で嫌なことあるやろ。お父ちゃんも仕事で嫌なことあるやろ。お母ちゃんもパートで腹の立つこともあるし、泣きとなることもある。そやから、家に帰ってくるんや。何があっても、家に帰ってくると、気がほっとする。
あんたらを怒ってても、あんたらがかわいいし、たまに、あんたらを怒ってる自分が情けのうなる。
家族はな、仲良うせんとあかん。そのためには、誰が悪い、良い、やない。
ちゃんと、ごめんして、よし、ほな、今から仲良う、何しよ、あれしよ、これしよ、や。ごめんって、いうてくれて、ありがとう。ありがとう、言うてくれて、ありがとう、や。
こういう気持ちを、みんなが持つことができたら、戦争なんてあらへん。
お母ちゃんとお父ちゃんのけんかもな、あんたらふたりのけんかも、それがな、わんさか広がると、戦争と同じや。
ええか、家族ん中で戦争せえへんかったら、世の中に戦争は起きひんのや。
あんた、わかったか。これぐらのことは、こどもに言うたり。
いや、先生、ありがとう。なんや難しい話やナ。んで、ほんまに、あの子らが仲良して、私ら夫婦が仲良うしたら、戦争は起きひんねんナ?
まあ、そうやろ。シランケド。
ということで、では、また。
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