丁寧に生活をする
- Hiroyuki Notoh
- 1月4日
- 読了時間: 8分
こんにちは。
話しが長くなりますのと、いつもと違って、文末の区切りを考えていませんので、読みづらいと思います。
実は、Guillaume ApollinaireのCalligrammesを意識して、というか、身のほど知らずですが、おおよそ、きれいに文を並べたいと思って、それで、かえって、変なところに句読点がくるような文を書いているのが日常です。
今回は、そうではないですが、思いつきをだらだらと記しましたので、内容に変な区切りがきていますが、ご容赦ください。
先日、学びをいただいているお二人に、ごちそうをしていただきました。ありがとうございます。本来なら、多くの気づきをいただいているのですから、私の方がすべきなのですが、感謝して頂戴いたしました。
一皿ごとに、見て、匂って、口に運び、歯ごたえを聞きもして、料理の手間暇を言葉にしながら、美味しかったです。
おひとりの方が、「丁寧に生活をする」と、何度も話題にされました。そして、その方がおっしゃるには、「丁寧」とは、五感をもって、与えられている自分の経験に気づくこと、といった意味のことのようでした。
そうすると、「五感をはたらかせて、気づきを得る生活」は、今、失われつつ、いや、もう既に追いやられてしまったようにも、私は思います。
「気づく」行為の対象のなかに、自分の周りにいる/ある、ひと、もの、活動、つまり、環境が含まれるでしょう。
そうすると、「気づく」ことは、自分以外の「他」を自分のなかに取り入れて、その「他」を新たに発見する行為といえそうです。
二次的な引用で恐縮ですが、大貫隆による「聖書の読み方」(岩波新書)に、ポール・リクールが、「自分自身と世界を発見し直す出来事」として、読書を示し、その経験を「共感」と述べている、とのことのようでした。
ということは、ひょっとしたら、今までなんとなくそうだろう、こういうもんだろう、と思っていたひとやものに「気づき」なおすことで、その対象に「共感」を寄せることができるのかとも思います。
話は飛びますが、以前、次のような出来事を経験、というか、自分でそう仕立て上げたことがありました。
集団で生活をしている施設ですが、戸外に置かれた水槽で金魚を飼っていました。夏の強い陽射しによって、コケがどんどん増えていました。それで、どうも酸素不足だったのと、水温が上がり過ぎていたのか、金魚が苦しんでいたのを、私は見ました。
それで、そこを管理している方にそのことを伝えました。
その方が言うには、戸外に置いたときは、皆が興味をもって、あれこれと世話をしていたけれども、そのうち「飽きた」、そして、コケが、急ではなく、徐々に水槽に増えて行ったので、そんなもんだと「見慣れた」、金魚が動いていたので、「まだ生きている」、「大丈夫だ」と思っていた。
では、その水槽を、掃除するとして、その後、どこに置けばよいのか、どのような装備をつければよいのか、わからない、「わからないから、まず、このままで」。
このような返答だったので、私は、その方を急き立てて、対応するによう追い込んだ次第です。
先の話で言いますと、このことも、「今までなんとなくそうだろう、こういうもんだろう」のまま、命に「飽きた」ことで、命のはたらきに「見慣れた」ことで、「気づき」なく、「共感」なく、時が過ぎていた、ということでしょう。
先日、届きました、エイデル社の「げんき」の第213号に連載されている、小西貴士と中村桂子による、「わたしたちは生き物だ 森の案内人と生命誌研究者の往復書簡」を読みましたら、中村は、原始、狩猟採集の生活をしていた人類が、今まで動いていた動物をしとめ、結果、全く動かなくなった、この変化に命を発見したのではないか、と記した後、小西が記した、こどもたちが森で死にゆくタヌキを見守った経験について、「死を通して本当のいのちがわかった」と述べています。
また話は飛びますが、アイヌの方々の生活について、以前、瀬形拓郎がちくま新書で著した「アイヌと縄文」には、狩猟により得た熊や鮭の身体を余すことなく全て頂く生活のことが述べられていました。
「全て頂く」ためには、「こういうもんだろう」だけでは済まされない、その個体ごとに違う身体の扱いに「気づく」ことが必要であり、その個体ごとの「死」を触ることによって、五感を通して「いのち」への「共感」が経験されたのではないか、と思います。
さて、話しは戻って、「丁寧に生活をする」とは、ものごとを行うにあたって、手間暇を惜しまないわけですから、時間が必要です。
それで、生き物の命は、生まれてから死ぬまでの時間で表すこともできますから、命は時間であると、おおげさかもしれませんが、そうとらえてもよいでしょう。
ということは、「丁寧に生活をする」ことは、「命を行いとして表現する」と言い換えることもできそうです。
2025年5月20日に、NHKで放映された、「六角精児の呑み鉄本線・日本旅 春・土讃線、土佐くろしお鉄道(ごめん・なはり線)を呑む!」を視ていましたら、今から100年以上前に造られた酒蔵は、醸すために、高温多湿なその土地の環境にあわせて、いくつもの窓を備え、その開閉によって温度調整を行った、とのことでした。
これも、酒造りにおいて、米、水、麹、これら与えられた命に対して、杜氏が酒造りという活動に自らの時間を献じる、「命を行いとして表現する」、ことによって、その酒をいただく他者を想像し、「自分自身と世界を発見し直す出来事」を創造する、共感が、ものの形となった、とは言い過ぎかと思いますが、どうでしょう。
ここには、「効率」という考えをうかがうことはできません。むしろ、効率化によって、「追いやられてしまった」営みがあります。
それで、「自分自身と世界を発見し直す出来事」の経験が「共感」であるとするなら、共感には、「自分自身」と「世界」の二者が独立して存在していなければならないでしょう。両者がひとつであれば、発見し直すことはないでしょう。ひょっとしたら、これは、エマニュエル・レヴィナスによる「他者」の概念に関わるかもしれませんが、私はよくわかっていないので、ここではそんな感じがした、と、お伝えするだけにします。
先週と今日、NHK第二放送の「宗教の時間」は、「罪をめぐる対話」と題した、牧師で困窮者支援を行う認定NPO法人抱樸理事長の奥田知志と、武道家であり思想家の凱風館館長の内田樹の対談でした。
奥田は、ホームレスの方々の支援の行った自らの経験において、夜中に弁当を配り、それを終えると、自分は家に帰って、風呂に入って、ベッドで寝る、この後ろめたさを身に受けつつ、でも、自分が支援をする方々と生活をともにはできない、との話がありました。
この対話から、私は、こんなことを考えました。
自分が他者に思いを寄せ、自分を他者へ同一化したい、そうすると、自分は自分に納得できる、満足できる、しかし、そこまでするためには、今、自分が身に着けている、身に着けてきたものを一切、放棄しなくてはならない可能性がある。このことに恐れを抱き、他者と同じ立場にはなれない自分、そこに踏み込む勇気のない、どうしようもない自分の弱さに気づくだけではなく、それが自分と認めざるを得ない。この弱さを知ること、この弱さへの怯えを「罪」とするなら、罪を認めて生き続けることはとても苦しい。この苦しさをともに担うか、背から降ろしてくれるか、そういう他者の存在があれば、自分は救われたと思える。そうして、この罪が救われた感覚に安住することなく、次に自分が救うはたらきへ向かい、「(自分の)命を行いとして表現する」ことで、「自分自身と世界を発見し直す出来事」に出会えるのではないか。
そうすると、これは、自らの罪に「気づき」、救いを求めることにおいて、自分自身と他者の二者はどうしても必要であり、同一化しようとすることそのものが、ひょっとしたら、自分だけを主人公のように思っている優越感に気づいていない表れではないかと。
こうした自分と他者の交わりは、アイヌ民族でもみられた、共同体における「贈与」の体系として、検討することができるかもしれません。マルセル・モースは、贈与にある物の真の所有者はひとではない、として、それだけに、贈与は共同体のなかで相互に行われる必要のある行為と考えたようです。
自分の命も与えられるのですから、真の所有者は自分ではないのかもしれません。
最近、その生涯が映画にもなったようですが、私はまだ視ていませんが、ディートリヒ・ボンヘッファーは、自殺について、「生命の肯定がただ否定によってのみ示されるというこの行為の背後に、恐るべき孤独と、自由に対する誤解がある」(村椿嘉信・訳: 主のよき力に守られて ボンヘッファー1日1章, 新教出版社, 1986)と述べています。
最後の、さて、ですが、ごちそうしてくださった、もうおひとりは、先の戦争で、日本が焼土となったときにこどもであった方です。その方が次のようなことをおっしゃいました。
「爆撃があって、やれ、誰それの家族が死んだ、とか、どこそこは母親とこどもがやられた、とか、それが日常の会話として、おとなが喋っているのを聞いた。ひとが死んだ話が普通にできる、普通になってしまうことは、恐ろしい。戦争はあってはならない」
「飽きた」、「見慣れた」、「今までなんとなくそうだろう、こういうもんだろう」、「大丈夫だ」、「わからないから、まず、このままで」ではなく、「丁寧に生活をする」。
できうるなら、命を、身体の脈動としてわかりたいと思います。
失礼ながら敬称は略させていただきました。
以上、近況報告です。長々とお読みくださって、ありがとうございました。
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